ルドゥテの薔薇
今年、ロザリウムの庭に咲いたダマスクローズです。
香りは<ミルラ:乳香>のすばらしい香り!
ながーい事、ブログにご無沙汰してしまいました。
昨年鎌倉サロンがリニューアルした直後に母が入院
この1年、母のことに加え新サロンやお授業で、目の
回る忙しさでブログを書く間がありませんでした。
でもやっと少し時間が取れ始め、PCに迎えるように
なりました。【ル・サロン・オンザ・ウエブ】を
楽しみにしてくださっていた皆様、長いお休み
申し訳ありませんでした。
写真も入るようにバージョンアップ!
また、PCに迎えるときは、張り切って書きたいと
思います。また、どうぞ、よろしく!!
さて、今回は、バラのお話・・・
写真のばらは、ピエール・ジョゼフ・ルドゥテの
『LesRoses』にも登場するオールド・ローズです。
ベルギー王国大使公邸で、このルドゥテのバラをテーマに、
ベルギーのサヴォアール・ヴィヴルの食卓をご紹介する『バラの食卓展』を開いたのは、
2000年のことでした。
この前年の暮、デュルクス大使と相談して、テーマが『ルドゥテのバラ』に決まったのには、わけがありました。
このころから、日本では、バラの展覧会なども行われるようになり、
ルドゥテのバラの絵がアンティークショップなどで、額に入れられて売られるようになっていました。
いろいろなバラの本の中でもルドゥテのバラの話が載るようになりましたが、
そこには多くの誤解があり、フランスの宮廷画家とか英国の画家と載っていたのです。
実は、ルドゥテはベルギー人。
ルドゥテの生きた時代に、ベルギーという国はなく、フランス領だったり英国領だったり・・・。ですから、フランス人などと書かれてしまうのですが・・・。
正確に言うと、ベルガエ人。
かのユリウス・カエサルが勇猛果敢とたたえたケルトの末裔でした。
こうした誤解を解き、ルドゥテがベルギー人であることをアピールしようというのが、
あの『食卓展』の目的のひとつでした。
展覧会は大好評!
毎朝、岐阜の薔薇園から、ルドゥテの絵に描かれたオールドローズに近い薔薇を運び、
皆、その香りに酔いしれまいした。
この展覧会の写真や記録は本国に送られ、私は本国のルドゥテ美術館からご招待を受けました。
2000年の夏、私は生徒を連れ、ベルギー王国研修旅行に出かけました。
ルドゥテ美術館は、アルデンヌの森に囲まれた、小さな小さな村にひっそりとあります。
1756年、ルドゥテはここで生まれ、そしてこのふるさとで、なんと食べ物もままならないほどの極貧の中、村人に看取られて81歳の人生を閉じたのでした。
日本人は、あの薔薇の絵を見るたび、『宮廷画家ルドゥテ』と聞くたび、
彼が華々しい人生を送ったように思うかも知れません。
でも、事実は、まったく違うのです。
ルドゥテの本当の人生を知ると、あの美しい薔薇の絵の花びら一片一片に、
彼の壮絶なまでの美への想いが感じられ、思わず、胸が熱くなります。
そんな、ルドゥテの一生のお話は、また次回!